超高精度のパワー The Power of Precision

The Power of Precision

A Silicon Valley Job Shop Succeeds in Hard Times by
Specializing in Ultra-precision Machining.

Story and photos by C. H. Bush, editor

超高精度のパワー

シリコンバレーのジョブショップ:超精密加工のスペシャリストとして不景気を乗り切る。

C.H.ブッシュ、編集者によるストーリーと写真
5軸、20パレットのキタムラMycenter Super Cel 400
5軸、20パレットのキタムラMycenter Super Cel 400:
TIVOボックスがインストールされてあり、一週間分の仕事をセットアップが可能

これはまるで、郵便の仕分け作業員から巨大企業の社長へと大きく転進するというまるでハリウッド映画の様な物語である。

10代の頃から町工場の機械の切粉掃除の作業を経て、努力と根性で成功を勝ち得た、シリコンバレーにあるショップの社長にまで躍進した物語の主人公はDennis Kimball氏(デニス・キンボール)である。キンボール氏はカリフォルニア州サンホゼ市にあるB&Z Manufacturing Co.,Inc.社の社長兼、共同経営者である。

また同社は現在サンホゼ工場(18,000平方ft)の他にアーカンソー州に6000平方フィートの工場を所有し、56人の社員が働いている。同社は超精密加工を専門とし、ヒューレットパッカード(HP)、アジレント(Agilent)、ハネウェル(Honeywell)など有名巨大企業と取引をしている。

「私の母は1995年の頃にB&Zの秘書をしていた。」、キンボール氏は言う。「その関係もあり、私は14歳の頃、機械掃除の仕事を得、また15歳の時は夏休みと週末に機械のオペレーターをしていたんだ。違法だよね(笑い)、だが昔は殆どの若者がそうやって働いてたんだよ。」

キンボール氏は高校卒業後、UCLAで経済学を学んだ。

「だけどいつも休日などは、パートタイムとしてB&Z働いていたんだ。大学卒業後、マネージメントのポジションの職に就きたく、履歴書を数社に送ったんだ。当時のB&Zオーナーから、副社長のポジションをやるからうちで働かないかと誘われ、断れなかったんだ。そしてサンホゼ市に戻り、町工場のマネージャーとして高給で働くことになったんだ。もう30年以上前の話だよ」キンボール氏は言う。

改善への道

「B&Z社は、バーベーキュー仲間のヒューレットパッカード(HP)社員との付合いから生まれたんだよ。」と、キンボール氏は同社の生い立ちを説明する。

「毎晩HPから借りた機械で仕事をして、最終的に自分でビジネスを始めたんだ。私がB&Zで入った頃の設備は物凄く古かった。パンチテープで動くSlonsynsのような化石のようなシロモノだった。1977年にマネージャーに抜擢されたのを機に、B&Zを近代化する事に決めたんだ。」

その手始めに、キンボール氏はB&Zに初めてNC装置付の工作機械を導入した。

「その頃、HPはベンダーに対し、加工パーツ精度を図面上に指定されているものよりも10倍以上の精度を要求していた。だから当時うちの古い設備機では、そんな公差なんて出せっこなかったんだ。最初はNC装置付きBridgeport機を購入したが、量産が必要だったため、代わりにBostomaticを購入することに決めたんだ。その頃のBostomaticは、ジグボーラーをCNCに換えただけのもので、精度は恐ろしく良いが、スピードが物凄く遅かったよ。その頃は、毎年数台ずつBostomaticを購入していた。量産が必要だから、その機械には主軸とATCを3個ずつ付けていたよ。」キンボール氏は説明する。

またキンボール氏はCamitのCADで、Bostomatic用のNCプログラムを作っていた。

「これまでCamitとMastercamを使っていたんだ。BostomaticがCamitを辞めた際、彼らからMastercamを使えと言われたので、使ってみると、CamitはMastercamの別名だと知ったんだ。見た目も全く同じだったよ。」

高精度加工への評価

キンボール氏の手腕によりB&Z社は、多軸ミーリングと旋盤加工において超高精度の評判を得た。

「B&Zのモットーは仕事に対し、一度で正しく行う事と、期日通りに仕上げることである」キンボール氏は誇り高く述べる。

「うちでは、超合金ニッケル、インバー等ありとあらゆる材料全てを超高精度に加工することが出来る。現在B&ZはNC(31台)とZeiss測定器(2台)を保有しており、ISO9001:2000認定を得た。過去に自分で工場を経営した経験のある従業員を8人雇っている。基本的に言えば、重要なのは、ハイテクノロジー機器と経験の組み合わせである。このコンビネーションにより、B&Zはこの厳しい競争に生き残れると私達は信じている。」
B&Z 社長のキンボール氏(右)とオペレーター(左)
B&Z 社長のキンボール氏(右)とオペレーター(左)

“バイ アメリカン”

キンボール氏がB&Zの社長になった当時のもう一つの個人的なポリシーは”バイ. アメリカン”であった。

「その頃、私達の理念は設備機の全てが”アメリカ製”と考えていたが、その考えにも難しいものがあることが分かった。時が経つに連れ、客からの要求と他社との激しい競合のため、その当時の設備機では競い合う事ができず、高精密で高速な工作機械が必要となった。」

1985年に当時のB&Zオーナーの知り合いがキタムラMycenter-0を購入したのだが、不況のため引き取ることができなくなった。

「そこで、私たちがMycenter-0を買い取る事になったんだ。丁度冷蔵庫ぐらいの大きさのマシンだ。12インチのトラベルだったかな?Mycenter-0はアメリカ製ではなかったので、当初従業員からは不評だった。誰かが禁煙サインの様な赤ラインをMycenter-0の周りに貼り、あたかも立ち入り禁止と悪戯されるくらいだった。ディーラーのGale Hogue(ゲイル.ホーグ)はそれを聞いてとても恥ずかしい思いをしたそうだ」とキンボール氏は言う。

キンボール氏の話によると「だが、こいつ(Mycenter-0)が稼働し始めてすべてが変わったよ。納入後6ヶ月経った頃にはMycenter-0は社員の全員ハートを掴んでいたよ。」

「Mycenter-0は故障知らずで朝から盤まで働きまくり、おまけに高精度とくる。工具交換速度なんかは、早すぎてわざと遅くしていたよ。小さい機械にも関わらず、物凄く精度が高く、熱膨張なども全くなかったよ。円弧はBostomaticと比べると多少劣っていたが、ポイントとなるところは確実に押さえていたよ。機械は休むことも知らず、一切メンテの必要が無かった。納入以来4~5ヶ月後、うちの従業員から「Mycenter-0のオペレーターに」と希望殺到だったよ。全く高精度で早い機械だったよ。これが「バイアメリカン」の終焉でした。」とキンボール氏は語る。

「高精度機が不可欠と考えて、早速キタムラの代理店HogueからMycenter-3を購入し、早速円弧を加工してみたが、期待通り5ミクロン以下の精度だったんだ。一番重要なのは、Mycenter-0と同じ様に、この機械も朝から晩まで故障知らずで動くんだ」誇らしげに彼は語る。

「現在31台中の19台はキタムラです。最近購入したのは5軸で、20パレット搭載のキタムラSuperCell-400です。パレット用副操作盤が付いていて、一週間分の仕事をセットアップが出来る。各パレットにはチップIDが埋め込まれていて、どのパーツがパレットに載せられているのか自動識別してくれるんだ。実に感激したよ。」
5軸キタムラMycenter SuperCell 400:ロードステーション
5軸キタムラMycenter SuperCell 400:ロードステーション

清掃員から社長に

2000年11月にキンボール氏はパートナーのシンプソン氏からB&Zを買い取ることに決めた。

「トム(シンプソン氏)と私はいつかは自分の会社を持とうと話しをしていました。だから彼にこの話を持ちかけた時、彼はすんなりオファーを承諾しました。その頃、かれは70歳で、丁度リタイヤを考えていたらしい。従って、B&Zを売る事は賢明なオプションだったと思う。長年、トムはフォアマンで、私がゼネラル・マネージャーでした。2人で会社を築き上げたんだから、彼から私は会社を引き継ぐことは自然の流れだった。」

これからキンボール氏とシンプソン氏の今後は?という問いかけに、キンボール氏は、次のように締めくくってくれました。

「高精度こそ、私達が行くべき道と信じているよ。従業員も70-80人が理想だな」

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